【第79回】 要人警護②:安倍元総理の襲撃事件からみえるもの

事件
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今回は「要人警護②」「安倍元総理の襲撃事件に係る報告書②」をご紹介します。

正式な報告書の標題は、
令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書」(2022(令和4)年8月、警察庁)
です。

※報告書より多くを引用しています。

第2 確認された事実への分析・評価

1 分析・評価の進め方

警察は、なぜ警護の目的を果たすことができなかったのかという観点から、・・・、
結果との間の因果関係が強く認められる事象を抽出及び分析し、その濃淡に応じた評価を行うことにより、問題の所在を明確化する。

分析・評価においては、問題の所在を
①「現場における警護の問題」及び
②「警護計画上の問題」に分けて検討する。

「現場における警護の問題」においては、
時間を遡る形で、各時点において身辺警護員等がその職務としてどのような行動をとれば、本件結果を阻止することができたのか、また、なぜそのような行動がとられなかったのかについて、それぞれ検討する。

「警護計画上の問題」においては、
警護計画及び警護態勢について、配置、指揮、連絡等において、適切な役割分担の下で身辺警護員等の能力を十分に発揮させるとともに、問題があれば他の身辺警護員等が補完するといった、警戒に間隙を生じさせない組織的対応がとられていたのか、また、そのような組織的対応がとられていなかったのであればその原因・背景について検討する。

2 現場における警護の問題

(1) 現場において本件結果を阻止することができなかった要因

ア 2発目の発砲から安倍元総理の被弾まで

被疑者は、1発目の発砲後、安倍元総理まで約5.3メートルの至近距離から2発目を発砲し、安倍元総理が被弾しているが、
2発目の発砲があった段階では身辺警護員等が本件結果を阻止することは物理的に不可能であったと認められる。

イ 1発目の発砲から2発目の発砲まで

(ア) 身辺警護員等による防護措置

一般的に、警護の現場において、銃撃その他違法行為が認められた場合には、全ての警護員が警護対象者を危険から回避させる措置を執るのではなく、警護対象者の直近に位置する者が当該措置を執り、被疑者の直近に位置する者が被疑者の制圧に当たり、その他の者は拳銃を取り出すなどして、予想される次の攻撃に警戒することが求められる。

1発目の発砲後、安倍元総理を演台から降ろし、又は伏せさせるといった、危険から回避させるための措置が執られることはなかった。

・・・1発目の発砲の際に即座に状況を把握し、約2.7秒後の2発目の発砲までの間に、的確に防護板を掲げて射線に入り、又は警護対象者の退避等の防護措置を執れば、本件結果を阻止することができた可能性はなかったとはいえない。

いずれの身辺警護員等にあっても、被疑者による本件遊説場所への接近を認識しておらず
また、発砲音を銃器によるものと即座に認識するに至らなかった・・・
身辺警護員A、B及びC並びに警視庁警護員Xの立ち位置から実際に防護措置を執るまでの間に遅れが生じたものと認められ、この状況の下では、
1発目の発砲後、身辺警護員等が防護措置を執って本件結果を阻止することは実際上困難であったといわざるを得ない。
すなわち、本件結果の発生を阻止するには、1発目の発砲前の段階において、身辺警護員等において、被疑者の接近に気付いている必要があった。

(イ) 更なる攻撃の阻止・対処のための措置

1発目の発砲後、身辺警護員等のうち、声を上げて被疑者に警告し、又は拳銃を取り出した者いなかった。

この点、被疑者が銃器様の物を構えている状況を把握し、発砲音が銃器によるものと即座に認識できていれば、身辺警護員等が声を上げて被疑者に警告するなどして、本件結果を阻止することができた可能性がなかったとはいえない。

しかしながら、いずれの身辺警護員等にあっても、被疑者が銃器様の物を構えている状況を認識しておらず、その後の発砲音を銃器によるものと即座に認識するに至らなかったことから、被疑者に対する警告、拳銃の取り出し等に至らなかったものと認められ、1発目の発砲後、身辺警護員等が警告等を行って本件結果を阻止することは実際上困難であったといわざるを得ない

すなわち、前掲のとおり、本件結果の発生を阻止するには、1発目の発砲前の段階において、身辺警護員等において、被疑者の接近に気付いている必要があった。

ウ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入から1発目の発砲まで

被疑者が県道を横断して安倍元総理に近付こうとした段階でその接近を阻止していれば、容易かつ確実に本件結果を阻止することができたと認められる。

しかしながら、被疑者の接近時、本件遊説場所の南方向を主として警戒する身辺警護員や署警護員はおらず、身辺警護員A、B及びC並びに警視庁警護員Xは、いずれも本件遊説場所の主として北西側、北東側又は東側歩道上の聴衆等に注意を向けていたことから、本件遊説場所の南側において、被疑者がバス・タクシーロータリーに進入し、本件遊説場所へ接近している事態気付くことがなかった

この点(以下「後方警戒の空白」という。)が本件警護の現場において本件結果を阻止することができなかった主因であると認められる。

エ 被疑者のバス・タクシーロータリー進入前まで

この段階で被疑者の犯行を防止するための対応は困難であったと認められる。

(2) 現場における警護員の動作についての評価

身辺警護員Cについて

安倍元総理から東南東約4メートルの本件遊説場所の南東部において、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたが、併せて南方向への警戒も行っていた。

1発目の発砲まで被疑者の接近には気付かず、1発目の発砲があり、その直後、銃器様の物を所持する被疑者の存在を認めたことから、その立ち位置からガードレールを乗り越えて被疑者の確保に向かおうとしたが、2発目の発砲及び本件結果の阻止には至らなかった

身辺警護員Cが本件遊説場所の南方向への警戒を十分に行い、被疑者の接近にいち早く気付いていれば、自ら被疑者の制止に向かうとともに、声を上げるなどして、他の身辺警護員等に危険を知らせて安倍元総理を防護する措置を執らせること等により、本件結果の発生を阻止することができた可能性がある

この場合、身辺警護員Aによる変更指示前の立ち位置である本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)で警戒に当たっていれば、より迅速に被疑者の制止に向かうことができ、本件結果の発生を阻止することができた可能性はより高くなっていたと考えられる。

身辺警護員Cは、身辺警護員A指示を受け、これに従い、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたことから、南方向への警戒を十分に行うことが困難な状態にあったものと認められる。

イ 身辺警護員Aについて

身辺警護員Aは、安倍元総理から東約5メートルの本件遊説場所の北東部において、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向を警戒していたことから、自ら本件遊説場所の南方向を警戒していないことに問題があるとは認められない。したがって、被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

身辺警護員Aは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際に被疑者の確保に向かうまでに遅れが生じたものと認められる。

身辺警護員Aは、被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる。

身辺警護員Aは、身辺警護員Cに対して、本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、本件遊説場所の東側歩道上の聴衆の動向を警戒するよう指示を行っている。

身辺警護員Aがこの指示を行ったことは、警護実施上の判断として、それ自体には相当の理由があると認められる。しかし、同時に、当該指示によって本件遊説場所の南方向への警戒が極めて不十分になることは明らかであることから、身辺警護員Aは、現場指揮官である本部警備課長に対して、身辺警護員又は署警護員の配置を要請するなど、本件遊説場所の南方向への警戒を補強する対応措置を執る必要があったと認められる。すなわち、当該指示を行ったにもかかわらず、これに伴って必要となる対応措置を執らなかったことが後方警戒の空白を生じさせた要因であると認められる

ウ 本部警備課長について

被疑者が同歩道角から移動を開始するまでの段階では、本部警備課長が被疑者を不審者として認識することは困難であったと認められる。

本部警備課長は、現場指揮官として、本件警護の実施に当たり、警護員による警戒に間隙が生じないよう、その配置、警戒方向等について、必要な指示を行う立場にあり、身辺警護員Cが本件遊説場所南側の県道のゼブラゾーン上(ガードレールの外側)からガードレールの内側に移動し、主として本件遊説場所の北東側及び東側歩道上の聴衆の動向を警戒していることを視認しているのであるから、その時点で、後方警戒の空白が顕在化していることに気付き、無線機を活用するなどして、身辺警護員若しくは署警護員の配置を調整・是正し、又は身辺警護員若しくは署警護員に対して本件遊説場所の南方向の警戒に当たるよう指揮する必要があった。このような対応措置が執られていれば、本件結果を阻止することができた可能性が高かったものと認められる

エ 警視庁警護員Xについて

警視庁警護員Xは、最も安倍元総理に近く、南西約2メートルの位置で、安倍元総理の背を視野に入れつつ、主として本件遊説場所の北西側及び北東側歩道上の聴衆の動向の警戒に当たっていた。

警視庁警護員Xにおいて、現に多数の聴衆が集まっていた北西方向及び北東方向を警戒することは当然であり、本件遊説場所の南方向への警戒を他の身辺警護員に任せることに問題はないと認められる。

安倍元総理を防護するための適切な動作をとっていることから、本件遊説場所の南方向への警戒を怠っていたとも認められない。したがって、警視庁警護員Xが、1発目の発砲まで被疑者の接近に気付かなかったことは、やむを得ないと認められる

警視庁警護員Xは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際の防護措置を執るまでに遅れが生じたものと認められる。

警視庁警護員Xは、被疑者の接近に気付いていなかった・・・

警視庁警護員X立ち位置は、安倍元総理から約2メートル離れているが、これは、安倍元総理の真後ろで警戒した場合、安倍元総理の身体がかえって視野を狭め、安倍元総理の正面からの違法行為に対して、即座に対応することができなくなることから、これを避けるために必要かつ相当なものであり、また、被疑者の接近に気付いていなかったことから、あらかじめその立ち位置を変更する判断をすることは困難であったと認められる。

オ 身辺警護員Bについて

身辺警護員Bは、安倍元総理から西南西約3メートルの本件遊説場所の南西部において、主として本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向を中心に警戒していたことから、自ら本件遊説場所の南方向を警戒していないことに問題があるとは認められない

・・・身辺警護員Bが、1発目の発砲まで被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

身辺警護員Bは、1発目の発砲音を銃器によるものと認識せず、直ちに銃撃を受けたという状況を理解するに至らなかったことから、その立ち位置から実際の防護措置を執るまでに遅れが生じたものと認められる。

身辺警護員Bは、被疑者の接近に気付いていなかったことから、突然の発砲音のみで直ちに銃撃を受けたと理解することは困難であったと認められる。

身辺警護員Bの立ち位置は、安倍元総理から約3メートル離れているが、これは、本件遊説場所がガードレールに囲まれていたことを考慮に入れ、本件遊説場所の北西側歩道上の聴衆の動向の警戒を行い、同方向からの違法行為等に対処するために相当なものであり、また、被疑者の接近に気付いていなかったことから、あらかじめその立ち位置を変更する判断をすることは困難であったと認められる。

カ その他の身辺警護員及び署警護員について

その他の身辺警護員及び署警護員は、本件遊説場所の西側北西側北東側及び東側歩道上配置され、又は大和西大寺駅北口一帯を広く巡回し、聴衆の動向等を警戒していたものであり、被疑者の接近に気付かなかったことはやむを得ないと認められる。

【小括】

本件警護の現場で生じた後方警戒の空白は、身辺警護員Aによる身辺警護員Cに対する配置場所及び主たる警戒方向の変更指示のほか、身辺警護員A及び本部警備課長による警戒を補強する対応措置が執られなかったことにより、1発目の発砲直前に出現したものである。

しかし、後方警戒の空白を生じさせた要因としては、本件警護計画の問題があったと認められ、この点は次の3で検討する。

3 警護計画上の問題

(1) 適切な警護計画により本件結果を阻止することができた可能性

本件遊説場所の南側には、・・・、明らかな警護上の危険があった。

本件警護計画において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険を具体的に評価していれば、本件遊説場所の南方向への警戒が必要であることを認識した上で、・・・、もって本件結果を阻止することができた可能性が高いと認められる。

しかし、本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程において、本件遊説場所の南方向への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなく、・・・、他に同方向を警戒すべき警護員を配置することは検討されていない。

この点で、本件警護計画は、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険に適切に対応するものとはなっておらず、それ自体に不備があったと言わざるを得ない。

(2) 警護計画の内容及び起案・決裁の過程についての評価

ア 想定される危険に対する評価

奈良県警察本部及び奈良西警察署では、警護員の配置等に関して、6月25日警護を安易に、かつ、形式的に踏襲したのみであり、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険、特に、本件遊説場所の南側の警護上の危険について、具体的に検討をしていない

警護上想定される危険を組織として具体的に評価し、本件遊説場所の南方向を警戒し、本件遊説場所の南側からの不審者の接近、違法行為等を阻止する役割を付与した警護員を相当数配置していれば、被疑者が県道を横断し、本件遊説場所に接近しようとした段階で対処することができ、本件結果を阻止することができた可能性が高いと認められる。

しかし、本件警護計画は、聴衆の飛び出し聴衆に紛れた者による違法行為等を念頭に置いていたにすぎず、街頭演説終了後に聴衆が多く集まると見込まれる場所に身辺警護員1名が追加配置されるにとどまっており、本件遊説場所の南方向を警戒すべき身辺警護員又は署警護員を配置することは検討されず、本件警護計画の決裁の過程でも指摘されなかった。

本件警護計画は、警察本部長までの決裁を経たにもかかわらず、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険に対応するものとなっていなかった

イ 警護員の配置

本部警備課長は、・・・
しかし、現場指揮官としての任務や権限は、本件警護計画に明記されておらず、これらが明記されていれば、本部警備課長が身辺警護員若しくは署警護員の配置を調整・是正し、又は身辺警護員若しくは署警護員に対して本件遊説場所の南方向の警戒に当たるよう指揮することにつながった可能性があったと認められる。

【小括】

警護上想定される危険として、具体的には本件遊説場所の南側に警護上の危険があることは明らかであったが、本件警護計画の作成(起案・決裁)の過程では、この危険が見落とされ、本件警護計画には明らかな不備があった。このため、警護員等が適切に配置されず制服警察官の配置についての検討もなされなかった

この点についても、本件警護の現場において、後方警戒の空白を生じさせることとなった要因であると
認められる。

また、このような不備のある警護計画が作成されたのは、警察本部長までの決裁を経たにもかかわらず、本件警護計画の作成手続において、必要な検討や指摘がなかったことによるものであると認められる。

本件警護の検証においては、現場において後方警戒の空白を生じさせることとなった事象のみならず、警護に係る制度及び態勢の問題等を洗い出すこととし、この点は第3で検討する。

おわりに・・・

今回は「要人警護②」「安倍元総理の襲撃事件に係る報告書②」をご紹介しました。

身辺警護員の具体的な配置と、警戒方向、対処の考え方について明記されていました。
たいへん貴重な資料になっています。

おおきく3つの指摘があったのではないでしょうか。
▶①:配置変更指示に伴う警戒の間隙を補完するための処置が未実施
▶②:(南方向の警戒間隙を認知していた)現場指揮官による現場指導の未実施
▶③:計画策定段階における危険評価の未実施

【第32回】スイスチーズモデル」にあるように、
本来行われるべき「数次の予防機会」を残念ですが
 ”通過してしまった
 ”通過させてしまった
と説明することができます。

本質的には、実はそれだけではないのかもしれません。
ここまでの分析・評価では、冒頭にもあるように、
 問題の所在を・・・
  ①「現場における警護の問題」及び
  ②「警護計画上の問題

に限定しているところに注意が必要です。

本報告書では「現場の警護」と「計画」を分析対象としている点で、
これは推測ですが、それ以外の切り口の「問題の所在」は別のペーパーではしっかりと設定しながら、
必要な評価を行っていると考えられます。

その部分はもちろん機微に触れるため非公表となったものと推察されます。

一方で、警護警備上の不備がどこにあったのかの断片的なところとして、本報告書のおかげもあり警察庁が認識している部分を理解することができました。
ぜひ今後に反映させていただきたいと思っています。
知った「今がスタートライン!」です。

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