【第80回】 要人警護③:安倍元総理の襲撃事件からみえるもの

事件
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今回は「要人警護」「安倍元総理の襲撃事件に係る報告書③」をご紹介します。

正式な報告書の標題は、
令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書」(2022(令和4)年8月、警察庁)
です。

※報告書より多くを引用しています。

第3 警護に係る制度及び態勢の問題等

総論

警護の問題点を洗い出すに当たっては、今後実施可能な措置であって、本件結果を防止することにつながる可能性があったと考えられるものも併せて検討し、以下の点についても、警護の見直しの課題であるとの評価に至った。

1 警察庁の関与

(1) 警護の基本の徹底と能力の向上についての関与

要人の警護は国の治安維持の根幹に関わる重要事項であることから、警察は遺漏なく警護を完遂するという重大な責務を有しており、警護の現場においては、現場指揮官による指揮の下、警護員が連携して警護上想定されるあらゆる危険に対処し、警護対象者の生命及び身体の安全を確保することが求められ、これを担う警護員には判断力、注意力、敏しょう性等の面で高い技能が求められる。

しかし、これまで、警護員に対する教養訓練は、受講する職員の職務、経験及び技能に応じて体系化されているものではなく、経験の浅い者にその内容を合わせざるを得ないなど、それぞれの職員に応じて能力向上を図ることが困難であった。

警察庁では、例年、警察大学校及び管区警察局において、それぞれ
 ▶2週間程度及び10日間程度、
 ▶警護に関する専科教養課程を設置し、
 ▶身辺警護に従事する者を対象として、
 ▶座学教養、
 ▶事例検討、
 ▶実技訓練等
を実施している。また、各管区警察学校においては、毎年、
 ▶5日間程度の警護に関する訓練(以下「管区訓練」という。)を実施している。
さらに、奈良県警察では、毎年、
 ▶5日間程度の専科教養(以下「県専科」という。)を実施している。
加えて、奈良県警察を含む各道府県警察は、実務を通じた警護技能の習得のため、
 ▶身辺警護に従事する者の一部を警視庁警備部警護課に1年間派遣し、
 ▶警視庁警護指導者実務研修(以下「警視庁研修」という。)
を受講させている。

この点、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警察庁において、警護の現場全体を俯瞰し、警護の指揮を行う現場指揮官の育成、警護に関する高度な教養訓練等を行う必要があると認められる。

(2) 警護の高度化と警護計画作成への関与

ア 警護上想定される危険の考慮

警護を的確に実施するためには、必要な情報を収集分析した上で、警護上の危険度を評価することが必要となる。

しかし、現状、警護に関することを所掌する警察庁警備局警備運用部警備第一課警護室は、内閣総理大臣の国内外、特に海外における警護や、外国要人の来日に伴う警護、国際首脳会合等の大規模警護への対応が主たる業務となっている。

警察庁においては、都道府県警察が実施する警護について、これまでその危険度を分析又は評価しておらず、奈良県警察を含む各都道府県警察に対して、警護上の危険度に係る情報等を伝達していなかった。

この点、警察庁においても、特定のテロ組織等に属しない個人が強い不満を抱き、銃器等を使用して警護対象者を襲撃しようとする事案をはじめ、それ以外にも従前の想定を超える様々な事案が発生し得ること等の警護上の危険度について評価し、当該評価について、都道府県警察に通報することが必要であった。

イ 警護計画作成への関与

警察庁は、これまで警護対象者を指定するにとどまり、国際首脳会合等の大規模警護の場合を除き、都道府県警察に警護を委ねていた。

警護要則第9条第5項の規定に基づく報告について、警察庁では、内閣総理大臣、国賓等に関して、警護計画の具体的な内容の報告を受けているものの、安倍元総理については、具体的な内容の報告を求めることとはされていなかった。

このため、本件警護についても、警察庁は、奈良県警察から本件警護計画の具体的な内容の報告を受けておらず、これを踏まえた警護員の役割分担や任務付与、制服警察官の配置の要否等について審査し、警護の実施において留意すべき事項を指示するには至らなかった。

警護の現場においては、特定の方向のみを警戒するのではなく、様々な攻撃を想定して、警護対象者の全方位を警戒することが求められる。

この点、本件遊説場所の南側は県道に接していることから、本件遊説場所南側の県道上を車両又は徒歩で接近し、警護対象者に危害を加えようとする事案の発生を想定することができ、仮に、警察庁の審査が行われていれば、本件警護計画の修正が期待できた。

こうした事情に鑑みれば、警察庁には、奈良県警察をはじめとする都道府県警察に対して具体的な警護計画の提出を求め、同計画を事前に審査し、警護上の危険度を判断するための仕組みが必要であると認
められる。

ウ 情報の収集・分析

奈良県警察本部及び奈良西警察署は、今回、警護上の危険について、本件事案のような、強固な殺意を有する者が、銃器等を使用して襲撃する事案を具体的に考慮しておらず、警戒の対象を聴衆の飛び出し等のより危険度が低い事案に向けていた。

被疑者は、本件警護に先立ち、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で特定の宗教団体を批判する投稿を繰り返していたとされるが、これまで、安倍元総理に危害を加えることを具体的に示唆するなどの投稿があったことは確認されておらず、奈良県警察においても、本件警護に関する個別具体的な脅威情報を把握していたものではない。

しかし、近年は、我が国においてもインターネットを通じて、銃器等の設計図、製造方法等を容易に入手できるなど、治安上の脅威に深刻な変化が生じている。

また、特定のテロ組織等との関わりがなくても、社会に対する不満を抱く個人が、インターネット上における様々な言説等に触発され、違法行為を敢行する事例も見受けられるところである。

警察としては、特定のテロ組織等と関わりのない個人が警護対象者に対する違法行為を敢行する可能性も見据え、各種情報収集に努めるとともに、警護対象者に関連する情勢等を収集・分析することにより、警護に活用する必要がある。また、インターネットを通じて、特定のテロ組織等と関わりのない個人が過激化し得ることや、銃器等の設計図、製造方法等に関する情報を容易に入手できる現代社会の特性を踏まえ、インターネット上の違法情報・有害情報対策、爆発物原料の調達への対策等を強化する必要があると認められる。

2 警護体制等の充実

(1) 現場における警護の強化

警護の強化のためには、警察庁の関与の強化にとどまらず、都道府県警察の現場における態勢を強化することも必要である。

(2) 特定の職員の能力のみに依存しない警護態勢の構築

警護の実施に当たっては、個々の身辺警護員等が教養訓練を通じ、警護に関する高度な能力を有していることが前提となる一方、その態勢を構築するに当たっては、特定の職員の能力のみに依存することなく、指揮官を含む警護に携わる者の能力の底上げや警護への組織的対応の拡充を通じ、組織的・重層的対応を行う必要がある。

この点、警察庁としては、都道府県警察が警護に従事する者に対して、きめ細かい教養訓練の機会を提供することができるよう、警察庁が都道府県警察を指導するとともに、警護の現場全体を俯瞰する現場指揮官の育成等を行う必要があると認められる。

組織的対応については、例えば、多数の聴衆が集まることが想定され、街頭演説場所の周辺の道路の交通に支障が生じるおそれが認められる場合には、警護対象者及びその関係者と緊密な連携を保ち、その意向を考慮しながら、周辺警備、交通整理等の対策を講じる必要があるかどうかを検討する必要がある。

この点、警察としては、警護の開始に先立ち、多数の聴衆が集まることを想定した上で、周辺警備、交通整理等に従事する制服警察官の配置を検討するとともに、警護の現場を管轄する警察署の幹部職員は、警護の現場に赴くなどして、周辺警備、交通整理等に従事するための体制が十分に確保されているかどうかを判断し、柔軟に体制が拡充されるように配意する必要がある。

その上で、街頭演説場所周辺に配置された制服警察官は、交通法規に違反する者に対する指導等を行
うなどして、みだりに警護対象者に接近しようとする行為を阻止する必要がある。

(3) 装備資機材の活用

本件警護において、身辺警護員等は無線機を携行していたが、身辺警護員等各員の間のみならず、警護連絡室と身辺警護員等の間においても、安倍元総理の本件遊説場所への到着時間、各演説者の演説開始時間等を中心とする情報共有が行われるにとどまり、身辺警護員の配置場所及び主たる警戒方向の変更について無線通信による情報共有がなされることはなかった。

また、本件遊説場所付近において、警護連絡室に対して現場の状況をリアルタイムで共有する映像伝送装置等が運用されておらず、警護連絡室は現場の具体的状況を把握することができなかった。

さらに、本件遊説場所の周囲には、防弾用の資機材は設置されず、安倍元総理の後方を防護するための資機材の設置その他の措置も講じられていなかった。

警察としては、インターネットを通じるなどして銃器等の製造方法等を容易に入手できる我が国の現状を踏まえた警護措置を執ることができるよう関連の装備を充実させる必要がある。

また、警護の現場の状況を警護員や都道府県警察の幹部職員が的確に把握することができるよう資機材の運用についても改善する必要がある。

3 警護に関する理解と協力の確保

本件警護では、自民党奈良県連の関係者との連絡調整において、本件遊説場所で街頭演説をすることに伴って警護上想定される危険について具体的に考慮されることはなかった。

街頭演説の予定については、選挙の情勢に応じて直前に決定されることも多いが、警護の現場及びその計画上、警戒の間隙が生じないようにするためには、警察として、制服警察官の配置、交通規制等の要否についても検討した上で、警護対象者及びその関係者と緊密な連絡を保ち、その意向を考慮するとともに、身辺警護員等を直近に配置する必要が生じ得ること、警護対象者の後方を防護するための資機材を設置する必要があること等について、説明を尽くし、警護対象者及びその関係者の理解と協力を得る必要がある。

おわりに・・・

今回は「要人警護③」「安倍元総理の襲撃事件に係る報告書③」をご紹介しました。

「警護に係る制度及び態勢の問題等」という項目でした。

主に、問題認識と改善の方向性として
▶教育訓練課程の現状と今後の方向性
▶情報
 ①中央が行う脅威分析
 ②中央地方への共有
 ③地方が行う脅威分析
▶資機材の充実・使いこなし(習熟)
でした。

訓練していなければ実践できません。
 「訓練は実戦のごとく、実践は訓練のごとく」
筆者も各種実務経験からもそのように考えています。

訓練をしていなければ、まず動くことはできません。
軍事の場でも、医療の場でも、そして、防災の場でもそうでした。
逆に言いますと、
現場動きを観れば訓練レベルも観えてくるものです。
動き」と「流れを観れば能力がある程度の確度で推察できるものです。

余談ですが、
2022年2月24日に始まったロシアの特別軍事作戦においては、
「動き」と「流れ」のほか、いくつかの情報データをもとに、
世界各国は当該国の動向分析と各種意図の把握を行っています。
情報の把握に関して、なんだか共通する部分はありそうです。

またこれらは、警護警備、軍事、医療、防災だけではなく、
職人・伝統工芸・芸術、伝統芸能、企業・サービス業、製造業、農業、水産業、畜産業、…
でも同じことが適用できると筆者は考えています。

今回の報告書では、「問題の所在」として
 「被疑者接近の認識不十分」
 「銃器の識別・認識に時間を要した」
 「警戒の間隙に係る補完処置の未実施」
 「警戒の間隙に係る不指導」
 「危険予測の未実施・形骸化」
が挙げられていました。

これらの「問題の所在」を実によくよく詳細に分解して分析すると、
実はたいへん重要な事実に突き当たることがわかるのではないでしょうか。

この「たいへん重要な事実」に向かうための分析は当局では行われているものと推察しています。
より強調するならば、必ずや行われていると信じています。
知った「今がスタートライン!」です。

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