今回は筆者の理論をご紹介します。
社会や組織や人間は、さまざまなリスクに常日頃から備えています。
多くの事は、普段の備えの範囲内で無事に終結します。
一方で、平常の対処能力を超えることに直面するときがあります。
意図的(故意)、非意図的(過失)、不可抗力(人知を超える)のような場合です。
そういった危機/非常事態/緊急事態に直面したときのための準備ツールとしてぜひご活用いただければ幸いです。
危機管理「竜巻理論」
はじめに
【第31回】ではハインリッヒの法則
【第32回】ではスイスチーズモデル
【第33回】ではスノーボールモデル
を紹介しました。
重大な事故が起こる背景に着目して、さまざまな発生事象から兆候を見つけ出すことで事故を未然に防ぐ対策に役立てたり、
重大な事故が起こる背景にある、その経緯の連続性に着目して対策に役立てたり、
重大な事故はいろいろな問題の蓄積により起こることに着目して対策を立てるための視点を提供したりするものでした。
今回は、それらの理論をさらに深め、緊急事態や非常事態と言われるような、実務者やオペレーションに役立つ理論(モデル,theory)を提供します。
概要 ”Tornado Model”(トルネードモデル/竜巻理論)
横軸は「H=ハザード」(hazards)です。
災害・事故・事態の規模のことです。
起こる現象・事象の種類はすべてのハザードを対象とし、
起こった影響の深刻さを幅(Scale)で表します。
縦軸は「T=時間」(Time)です。
発生の経過としての時間、対処に要する時間を表します。
「ハザードの大きさ」と「対処者」の相関関係
「ハザードの大きさ」と「対処者」の相関関係を示しています。
どのような組織体を前提にするかによって、対処者の呼称は変わります。
一例としてご理解ください。
▶ 現場や実務・実践者レベルでみると、けっして大きくはない発生事象があります。
▶ 担当レベルでもそこまでは大きくはならないです。
▶ リーダークラスでは次第にハザードとしてのスケールは大きくなります。
▶ マネージャー(管理者)層では、かなりの大きさになることを示します。
▶ 経営層、いわゆる、管理者を管理する層での対処レベルになると、きわめてハザード(事態の影響)が深刻度を増してくるのがわかります。
そして、仮に経営層では対処できない場合には、最悪の結果のひとつ(死者の発生も最悪の結果のひとつではありますが、対処の最終局面)として、倒産や組織解体などといった淘汰・排除の作用が適用されていくことになります。
「ハザードの大きさ」と「発生事態」の相関関係
「ハザードの大きさ」と「発生事態」の相関関係を示しています。
事象・事故・事態の区分には、取り扱う業界やジャンルにより異なりますが、一般的な深刻度スケールとして表しています。
1ヒヤリハット(ヒヤッと、ハッと)
…危ないなと感じる事案
2軽微な事案
…モノが破損するような事案
3軽傷の事案
…現場で処置できるレベルのケガ
4事故
…医療機関での処置が必要なレベルのケガ
…モノが壊れて業務に影響が出るような事案
5重症
…骨折や入院・療養を要するケガ
6重体
…骨折や生命に影響するケガ
7重大事故
…死亡、多数の被害者、広域の影響、操業停止となるような事案
8破局事象
…対処が奏効しないことはすなわち
=廃業・倒産や組織解体、社会から消滅、国家消滅など…に向かうような事案
これら1~8は、時間の経過とともに大きくなるというエスカレーションの法則のほか、
対処に必要な所要時間がハザードの大きさにより増大していくという特徴も表しています。
「竜巻理論」”Tornado Model”の適用
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)策定
「BCP(事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことです。」(出典:中小企業庁)
とあります。
ご存知の方、すでに策定をされている方もおられるかもしれません。
▶危機管理「竜巻モデル」は、組織にとってのハザードの洗い出しに活用できます。
各レベル(業務の階層、役職の階層、深刻度の階層)を明らかにする必要性を示しています。
業務を遂行しているどの部署レベルにも、必ずあてはまるハザードがあることでしょう。
業務を遂行している担当者のレベルにも、必ずあてはまるハザードがあることでしょう。
事業の継続性に影響のあるハザードはその深刻度別に必ずあることでしょう。
そういったハザードを洗い出すひとつの羅針盤になってくれるでしょう。
▶危機管理「トルネードモデル」は、組織にとっての対処方法の洗い出しに活用できます。
現場、担当者、役職者、…、経営者といった各階層に応じた果たすべき役割とその行動要領を導き出すことに役立つでしょう。
▶この段階を過ぎれば、組織として存在していくことが難しい、いわゆる、破局事象の分岐点を見定めることにも役立ちます。
教育機関や民間企業や公的機関にとっての生活習慣・文化・価値判断の見直し
危機/緊急事態/非常時だけではありません。
いわゆる「事案」のエスカレーション理論ですから、
エスカレーションが望ましくないジャンルでの検討にも役立ちます。
(明るい見通しの検討にも使えますが、本稿では記述を控えます。)
一例として、
▶校則の改正
…校則内容が社会通念、時代の変化、将来的な成長・発達段階に与える影響の洗い出し
▶文化規範(性別役割、入職年次区分など)の見直し
…女性だから、新入社員だから、といった、文化的規範へのいち再考を促す機会に
▶新規・継続事業の検討における組織・社員・役職などへのリスクの導出
…リスク要因をリストアップし、平素の業務との関係から影響度分析に活用できます。
などです。
国家リスク評価(NRA:National Risk Assessment)
防災分野ではしばしば耳にするワードです。
アメリカ、イギリス、…など主要国の多くは、国家におけるリスク評価を行っています。
(アメリカはSNRA)
これは、国家の安全に最大のリスクをもたらす脅威に対して、対処能力を整備するための準拠となる評価のことです。
国家安全保障、自然災害だけでなく、経済・金融・財政や、犯罪捜査においても実施され活用されています。
日本では、どうでしょうか。
いくつかのさまざまな可能性について、筆者は見聞きしたことがあります。
これまでの公開情報としては、確認したことがありません。
筆者は、NRAの重要性と、それに基づく危機管理体制の整備を訴えています。
こういった分野での活用もオススメします。
日常生活への適用
エスカレーションでみると、生活の中にリスクは存在しています。
近所迷惑の典型例として、
・騒音
・庭木の不整備
・カラス・ハトなど動物へのエサやり
・ゴミ放置
などがあります。
行為者の当初は、誰しも「未遂」から始まるのですが、
少しずつ行為がエスカレートしてきます。
筆者の住んでいた近所でも、エサやりが度をこえて、いつの間にが動物園のような状態にまでなっていた独居高齢の女性がいました。
エスカレーションの初期段階で、迷惑行為者への介入が成功すれば、事態は収束に向かうことができます。しかし、個人間で介入したり、迷惑行為者の性格特性から、状況が深刻化ことも多くあります。
効果的な介入とは、公的機関の介入であるとか、医療的介入、親族の介入です。
また、効果が比較的ある介入とは、コミュニティや知人による介入です。
効果ではなくトラブルへ発展してしまうケースは、隣人トラブルとして深刻な事態に進むことがある個人間の介入になります。
(出所:公平な主体による紛争介入のこと、Elliott)
こういったケースを思うと、役所や警察や医療の介入はたいへん効果的ではあるのですが、残念ながらそれらが積極的に初期段階のトラブルへの介入に着手しているところは確認されていません。(問題が大きくなってから介入するときがある。という意)
介入の方法として、どの段階で、どういった立場の介入をしていくか?
を検討するために「トルネード理論」はたいへん役立ちます。
例えば、初期段階から警察は介入しない、役所は介入しない、という前例を持ち出すことがあります。
ですが、事態を解決するための方法を導く考え方として、まずは、介入の在り方検討があるわけですが、ほかの方法を検討してもなお初期段階からの公的機関の介入が必須であるケースがあること明らかにあるわけですから、そのように制度改正することが必須である。という動きにも使えるわけです。
(※すべてのご近所トラブルに警察や役所が介入すべき!という意味ではありませんので念のため。)
「トルネードモデル」更なる使い方
ひとつのトルネードは、PDCAサイクルも意味します。
事態への対応の一連の行動という捉え方です。
つまり、ひとつのサイクルの中に、あるいは、ひとつの深刻度の中に、
関係者の数だけ、関係部署の数だけPDCAサイクルがあることを示しています。
ハザード毎の対応にはPDCAサイクル(対処プロセス)があります。
階層毎、階層を縦断して行う対処プロセスにもPDCAサイクルがあります。
さらに、ハザードの ”その大きさ” から落とし込んでみたとき、
複数のハザード対処が求められることもあり得ます。
同時多発に対処しなければならないような事案対処のことです。
(例:工場内で、機器の破損、毛髪の混入などのトラブルが同じようなタイミングで発生すること)
(例:スタッフのケガ、機械類の故障などがほぼ同じ時期に発生し対処が求められること)
(例:地震、水害が同じようなタイミングで発生し対処を求められること)
(例:豪雪、地震により対処が求められること)
(例:大規模地震、水害、テロorミサイル着弾事案or国土侵略事案(国民保護)への同時対処が求められるようなこと)
(例:材料調達危機と需要低下が同時に起こるという対処)
(例:A県では化学テロ、B県では生物テロ、C県ではダーティボム攻撃、南海トラフ巨大地震、某国による離島侵攻…が同時期に起こり複数正面対処を求められること)
(例:α国、β国、γ国、…、によるわが国同時侵攻と、友好国δ国の協力低調への対応)
…
ひとつの事案の深刻な状態だけでなく、
組織にとって深刻なときはどんなリスクが発生しているときなのか?
という見方から、
複数事案の累積評価をもって深刻さを評価することにも役立つことでしょう。
おわりに・・・
今回は「トルネード理論」を紹介しました。
この視点でみると、このツールで分析すると、
想定外を想定することにも役立つと考えています。
自分たちの能力分析にも役立つことでしょう。
過去の災害事例から、
水害が多発するときには、災害対応への訓練や法改正が盛んになります。
自治体でも、次年度の防災訓練の想定を、前年度の災害経験をもとに計画しています。
危機事案のトレンドに「引っ張られる」という言い方をする専門家もいます。
(地震や水害に偏重して訓練することを否定しているわけではありませんので念のため)
危機への準備は、本来ならば、去年や過去ではありません。
しかし、最近の事象に目が行きがちになります。
過去の経験から、多発する事象に目が行きがちになります。
対象が限定されることは問題ではありませんが、
災害事象への意識が膠着化してしまうことは問題になります。
どういった状態が生命や組織にとって危機・非常時・緊急事態なのか?
これは、対応にあたる組織やチームや個人に対する能力評価としても重要になります。
そういった意味で、
「竜巻モデル」をもとにリスク分析することで、
分析担当者だけでなく、
担当部署や、
組織そのものの危機管理および緊急事態管理の成熟度を確認することにも役立ちます。
今回の理論/原則は筆者が考案しました。
トルネードの回転というハザードの発生時において、
ハザードを縮小へ向かわせる分岐点(ターニングポイント)はどこなのか何なのか?
対処に当たる者の適格性評価や責任者の指定の在り方とは?など、
どの災害スケールにはどのレベルの者達で対応するか?
事態収束(これ以上悪化させない)や対処のためにはどの資源をいつ投入するか?
といった行動計画策定および想定立案の道しるべになるのではないでしょうか。
もちろん対処基本計画、情報計画、人事計画、教育計画、ロジスティクス…や、
もちろん日常生活や家庭内でも適用できるメカニズムになります。
ぜひご活用ください!
この視点を用いることで「危機管理体系」の確立がより実効性をもつものになるでしょう。
知った「今がスタートライン!」です。