今回は「スイスチーズ・モデル」を紹介します。
たいへん有名な理論であり、ご存知の人も多いかもしれません。
いろいろな現場で利用されていますし、
危機管理、リスクマネジメント、労働災害や労働安全衛生の分野でも利用されています。
ぜひとも、日常の生活の中で「生活習慣防災」のいちツールとして活用ください。
スイスチーズモデル
スイスチーズモデルとは
ジェームズ・リーズン(イギリス)により提唱されました。
リスクマネジメントやリスク分析のモデルとして利用されています。
いろいろな書籍や人が紹介されていますので、それも併せてご確認ください。
「スイスチーズ・モデルは、スライスチーズ1枚1枚を作業者、設備機器、環境条件に見立てる。スライスチーズの穴は、作業者の注意・覚醒水準の低下、設備機器の使いにくさ・不調、作業環境の劣悪さなどに相当する。安全文化、トップ・マネジメントの姿勢は、この穴の位置や大きさに影響を及ぼし、安全文化、トップ・マネジメントの姿勢が悪ければ、光が漏れやすいように穴があくと考えられている。このスライスチーズを並べて光にかざした場合には、穴が一直線に重ならない限り光が漏れることはない。不幸にして、光が漏れた場合が、事故発生を意味する。チーズを多数並べれば並べるほど光が漏れる確率が減るが、確率がゼロになることはない。大切なのは、1つの原因(チーズの穴)を正しく同定し、これを地道にふさいでいくことである。」(出典:村田厚生(2008),ヒューマン・エラーの科学 失敗とうまく付き合う方法,日刊工業新聞社,59-60)
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いわゆる、ヒューマンエラーが原因により、事故に至るわけですが、物事はいくつもの事象のつながりによって成り立っている(起こっている)ことが考え方の基本にあります。それらいくつもの事象の一つ一つに目を向け、それぞれに対して対策を講じておくことの視点を提示しています。そうすることで、物事の中で起こる事故(アクシデント、インシデント、ヒヤリハットなど)を防いでいきましょう!というものです。
スイスチーズモデルを図説①
図1はスイスチーズモデルを図説したものです。
穴の開いた部分を予防できなかった抜け穴と考えるものです。
最悪の事態に進む分岐点とも言うことができます。
今回は「予防機会」と説明しています。
物事のプロセス(進み方)を分解していくと、さまざまな部分で予防できる機会があります。
どこかの予防機会で対策を打つことができていれば予防できることがわかります。
しかし、どの予防機会でも対策を打てていない、あるいは、
対策になっていない状態が放置されていれば事故(アクシデントなど)へと進んでしまいます。
スイスチーズモデルを図説②
図2はスイスチーズモデルを別な見方で説明したものです。
日々の生活や行動が上から下への流れだとしますと、
対策や回避行動をとることができていれば、
淡々とした当たり前の時間が訪れることになります。
しかし、もしも対策や回避行動が不十分である場合、
それがヒヤリハット(危ない状況で終わった事象)やインシデント(軽微な事故)、
そして、アクシデント(重大事故)に進展してしまうことも起こり得ることになります。
また、進み具合によっては、見掛け上「突然に」アクシデント(重大事故)が起こる場合もあります。
すべての事象が段階を経て、目に見えて順を追って進んでいるわけではないことにも留意が必要です。
予防災という生活の知恵とは?
どうすれば良いか?
「【第31回】ハインリッヒの法則①」では、ヒューマンエラーを原因別に分類しました。
▶ 原因①:「人間の特性」が原因
▶ 原因②:行動パターンによる分類
▶ 原因③:計画・実施段階による分類
▶ 原因④:ルール違反
に分けられました。
対策の立て方や回避行動のためのヒントを見ていきましょう。
①「人間の特性」が原因
▶ 生理学特性によるエラーの発生
長時間の作業、連続した作業、朝・昼・夜の時間帯、
食事時間、気温・湿度・不快指数・風の流れなどから、
注意力・判断力に影響する時間帯を見極め、あるいは、
個人差もありますから、それを考慮した業務管理が大切です。
例えば、人間にはサーカディアンリズム(体内の日内における変動)があります。
体はホメオスタシス((恒常性)…生理機能を一定に保とうとする働き)もあります。
そういった変化や変化に対する対変化といった性質も視野に入れましょう。
そうすると、乳児期を養育する人、高齢者を介護する人、認知症を介護する人、休暇を終了した人、帰省先から長距離車移動を明けて就業している人など、生理的な影響がある可能性を検討しましょう。
▶ 認知的特性によるエラーの発生
認知特性とは、聞く、見る、覚えるなどの認知機能に基づくもの、思い込みが強い場合、加齢により認知機能に過大な負荷がかかることで情報処理の正確性が低下すること、がありました。
そこで、その人の認知の得意不得意、先入観の程度、理解度、誤解しやすいか、など、個別性をもった見方が大切です。
けっして十把一絡げに「〇〇と言いましたよね」「今まで大丈夫だったから」のような前提で物事を進めるのは極力控えましょう。
▶ 集団的特性によるエラーの発生
集団的特性とは、集団で動いていると人に頼ってしまう、確認しているつもりでも誰も見ていなかったなどがありました。
行動パターンのひとつとして、確認行為を組み込むことはとても有効です。
「【第30回】備蓄品②」で紹介しました、「生活習慣防災」の視点になります。
とは言え、確認行為のひとつひとつとなると、とても煩わしい現場があるかも知れません。
そこは、内容と事故の可能性、いわゆる、対策の効果とリスクをバランスしてください。
すべての行動や動作に確認行為を組み込むことは現実的に厳しい場合があります。
そういった意味で、ゼロか100かの対策ではなく、
継続が可能で、事故予防が可能なレベルを見定めることはとても大切な考え方です。
②行動パターンによる分類
行動パターンでは、スキルベースのエラー、ルールベースのエラー、知識ベースのエラーがありました。
▶ スキルベースのエラー
技術を施行する上で、どの手順に落とし穴があるのかを見極めるようにしましょう。
これまで歴史的に判明していること、経験則としてわかっていること、などがあります。
属人的な、任せっきりになりがちなスキルへの対策を、ぜひ、予防システムの中に組み込んでもらえればと思います。
▶ ルールベースのエラー
手順や行程には、少なからずルールや決まり事を設けることが一般的です。
特に、新規の行動には慎重な準備・検討が求められます。
けっして横着してそのルール作りをスキップすることなく、
入念な検討をお願いします。
ルール自体が間違っていることもあるかも知れません。
そういった、おおもとそのものを疑く視点(クリティカルシンキング)を持つようにしましょう。
また、セルフチェックする行動要領を導入したり、チェックリスト化も有効です。
そういった、作ったルールを守らないことも踏まえた対策を導き出しましょう。
▶ 知識ベースのエラー
知識として知らないことで起きるエラーです。
行動する人が、そもそも知識として知っているのか、知らないのか、
それらをすべて確認することは現実的に難しいかもしれません。
そこで、2人態勢でオペレーションに入り、その間に確認期間を設けるという考え方、
これは、つまりその人の実力・能力把握の期間を設けることも良いでしょう。
はじめっから、ワンオペ(一人立ち)させることはないにしろ、
ひととおりの業務内容・行動内容に対して、ひととおりの能力把握は必要です。
一方で、「ひととおり」を明らかにできない場合もあるかも知れません。
そういったときは、ワンオペ(一人立ち)した中でも、
習熟者や先輩がサポートに入れる体制づくりと、
「初めてやる手技」「未熟だから不安」「ちょっとまだ心配」などの場合に、
周囲へ「報告」「告白」「表出」できるような環境づくりはきわめて重要です。
③計画・実施段階による分類
計画・実施段階では、スリップ、ラプス、ミステイクがありました。
▶ スリップ
計画通りに行動したが、実行段階で間違ってしまうモノでした。
数え間違い、設定ミスなどがありました。
実行段階での間違いは、直接インシデント以上の事象に進んでしまいます。
ミスの起こる業務・行動内容を明らかにすることや、
ダブルチェック、トリプルチェックの工程を組み込むといった対策が必要です。
▶ ラプス
計画していたが、実行を忘れしまうときがあります。
行動途中で何らかの横やりが入ると起こる傾向があります。
そのため、何らかの横やりという要因による影響が、
行動者に及ばない対策ができればそのように講じましょう。
一方で、人数不足などでできない場合もあるかも知れません。
そのときは、行動者・作業者が作業を中断しないような環境づくりを考えましょう。
それでも無理だということもあるかも知れません。
そのときは、行動者が、横やりで入ってくる内容と、
今まさに作業中だったことを中断後に失念して起こるリスクを比較するようにしましょう。
そこで、リスクの重大性の大きい方から着手するといった、判断によるリスク受容を行います。
これは、リスクはゼロにすることが難しい本質のところでもあり、
この判断をきわめて精緻にできるような日々のトレーニングはとても大切です。
▶ ミステイク
計画自体に誤りがある場合があります。
計画をもとに行動するわけですから、そのようなことがないように計画を作る必要があります。
そこで、計画の決裁前に誤りを修正できるプロセスを組み込むことと、
決裁後、誤りをまさに実施直前までに発見して修正できるプロセスのほか、
実行中に発見できるプロセスがとても大切です。
これは、きわめて高度な管理能力が求められる防災対策になります。
ミステイクへの対策ができる組織とは、
それを見極めることが可能な高度な見識を有する管理者の存在と、
運用・実行・実施にあたって状況を見極め即座の判断ができる習熟者の存在が必要です。
教育や研修や訓練が計画的かつ十分に行われている組織であり、
そういった人材が育つような環境があることを前提にしています。
④ルール違反
前回も説明したように、厳密には、ルール違反はヒューマンエラーではありません。
ルールを守ろうとする意識をぜひ育てていきましょう。
個人や組織としてのコンプライアンスであり、
自分や同僚を守るための前提条件でもあります。
ベテラン・中堅クラス、管理者・経営者層がルーズですと、
必ずと言って良いほど、組織全体にそのルーズな雰囲気が拡がっていきます。
先頭に立つ経営者、管理者、ベテラン、中堅クラスといった各階層を見ていくことで、
その組織が、組織の体質としてアクシデント(重大事故)を発生させる条件を保有しているか否か?
それを見極めることが比較的平易にできるものです。
おわりに・・・
「スイスチーズモデル」をご紹介しました。
チャートでみると、とても「当たり前」な感覚がありますが、
現実生活では、なかなかうまくいかないものです。
そんな中でも、対策に時間や人などのコストをかけていくことは有効です。
なぜなら、ひとたび事案が発生すれば、そこにかかるコストは膨大だからです。
そういった意味で、日常生活の保険的な位置づけでもあります。
日常に潜む危険はたくさんあります。
場面、時間帯、タイミング、その人の属性によって、
傾向や状況は統計的な集計もされています。
今回は、仕事現場を想定した書き方でした。
一方で、プライベートな生活空間の中にもヒヤリハット・インシデント(軽微な事故)・アクシデント(重大事故)はあります。
私たちがそれぞれでできることを、なあなあにせず、面倒くさがらずに行っていくことが求められます。
お風呂での事故、炊事による事故、掃除中の事故、食事中の事故、家の中での転倒転落事故、喫煙習慣による火災事故、冬季の雪下ろしの事故、庭作業中の事故、屋外の海や川やプールなど水場の事故、歩いているときの交通事故・落下物直撃事故・転落事故、運転中の交通事故、遊戯施設等訪問先の事故、食べ物による食中毒やアレルギーや気道閉塞などの事故、……
本当にたくさんあります。
誰かがいるだけで、危ないなと気づいてそれはやめておこうという発言がでてくるような環境があるだけで、実行の時間やタイミングをズラすだけで、焦りは禁物なので遅刻した後で怒られることを受容するだけで、時間の余裕をもつために少し早く時間計画を立てることで、事故の発生を想定した動線を避ける(例:歩道上の道路際に立たない、地震発生のまさにその揺れの最中に看板の下に身を置かない、など)ことで…
防ぐことができる対策はたくさんあります。
そうやって”後悔先に立てる!”ような取り組みをぜひオススメします。
筆者は、
ビルに設置された看板の直下は歩かないようにしています。
信号待ちでは、右直事故(右折車と直進車の接触事故)を想定して交差点から距離を置いて待ちます。
通勤・帰宅ラッシュの交通混雑時間帯は可能な限り避けて動きます。
歩道のない経路と歩道がある経路を選べるなら、歩道がある経路を選んでいます。
歩道がある経路でもガードレールがある経路をさらに選びます。
横断歩道では、突っ込んで来る車を予期して確認しながら渡ります。
海水浴では、基本、監視者役割を担います。プールでは、排水溝の位置を確認します。
…いろいろ気にしています。
忙しくて、それでおころじゃないよ、、、というのはわかります…
そんな中でもできることをやっておきたいという想いです。
知った「今がスタートライン!」です。