【第87回】 オールハザード・アプローチ:危機管理体制のトレンドワードを解説します!

原則(principle)
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key words: All Hazards Approach

行政の防災や危機管理を論じる上で使用されるワードに
オールハザード・アプローチ」があります。

すべての種類の危機に対応する。
あらゆる危機に対応する。
さまざまな事態に対応する。

組織を一元化する。
単一組織を作る。
災害対応を一元的に担う組織をつくりそこが主管庁となって対応する。
行動原理を標準化・平準化する。

用語を標準化する。
共通用語をつくる。

などといった意味で使用されているのを頻回に見かけます。
むしろ、こういった表現の理解が一般的なのかもしれません。

近年では、行政研究だけでなく、危機管理研究、医療・公衆衛生でも使用されるワードになっています。

しかしなが、アメリカで発祥したこの概念ですが、
どうやら当事国はそういった理解ではない。
というのが、どうも確からしい捉え方になりそうです。

これは、筆者がたどり着いた見方になります。
ここで、他の研究者は、本稿のような分析を行っていません。
読者のみなさんはご承知おきください。

そこで今回は、オールハザード・アプローチの起源と現状を概観していきたい思います。

ちなみに、現在のところ、オールハザード・アプローチの研究において、
その起源を部分部分について説明していく上で参考となる論拠は、
 F氏(女性、博士)
 I氏(男性、博士)
 M氏(男性、元教授)
 K氏(男性、博士)
がたいへん有力になってくるのではないかと筆者は受け止めています。

オールハザード・アプローチの起源~アメリカの危機・事態への体制・対応をもとに~

制度の形成過程:概観~2つの流れ~

図表1.アメリカの災害・危機管理体制・事態対応の変遷(概要)
(出所:筆者)

2003年のDHS(アメリカ国土安全保障省)発足までの間に、
アメリカの危機・緊急事態対応体制は、
大きく2つの流れを明らかにすることで研究が進んできました。

 ①「災害法政と緊急事態管理体制」の研究

 ②「災害対応の標準化」の研究

の2本です。

①「災害法政と緊急事態管理体制」の研究~1つ目の流れ~

19世紀初頭に初めて特別法が制定されてから1950年の災害救助法まで

19世紀初頭のことです。
自然災害の復興において、連邦政府は地方政府に対し特別法を制定することで救済しました。
これは、被災者救済の初の法律と言われています。

自然災害は、現在と同様に発生していました。
特別法は、その後、いくつも制定されていくことになります。
100本以上の特別法が災害救援・災害補償のために制定されていきます。
災害の発生の都度、特別法が制定されていた。
それがたまりにたまり、蓄積されていった。
ということのようです。
法律があり過ぎて、それに関係する機関間の
連携・合理性・効率性といった部分が、
次第に限界を迎えていくことになっていくわけです。
予算編成の面でも限界を迎えていったようです。

いわゆる、乱立混乱状態です。

こうして…
1950年、災害救助法が制定されます。
地方政府は、連邦の資源を活用できるように規定されました。
つまり、「地方政府が連邦政府に救援を要請できるメカニズム」が
初めて構築された。
ということになります。
活動に当たり、大統領にも権限が付与されました。

次第に、連邦政府による地方政府への救援体制が軌道に乗って行きます。
この時代もまた、例外なく現代と同様に災害が発生していたようです。

連邦政府は救援・支援のための事業を、災害発生の都度新たに作っていきました。
そうしてまた再び起こるのです。

救援・支援のための各事業は、相互に調整されることなく政策形成されました。
各事業の所管もその都度決定され、あるいは、度重なる移管も行われました。
連邦の政府機関において、どの災害救援事業の責任がどの部局にあるのか?
そういったある種の乱立混乱状態に再びおちいっていきました。
実態として、何らかの災害関連事業に、100以上の連邦政府機関が関与していた。
とされています。

州など地方政府・地方自治体は、
各事業の政策実施・運営主体ですから、地方政府もこの複雑化した状況に巻き込まれていきました。
こうした乱立混乱状態の打開のため、

1979年FEMAが発足されることになります。
(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁: Federal Emergency Management Agency)

FEMAの政策形成(政策立案のプロセス)においては、
それまで特に、地方政府で取り組まれていた、
民間防衛自然災害の両方への対応(デュアルユース)という考え方が取り入れられました
いわゆる、民間防衛の対応資源を自然災害対応とともに合理化して進めいていこう!
という考え方です。

そもそも論として、
災害・危機・緊急事態への対応では、
 ①予防対応
 ②保護対応
 ③減災対応
 ④応急対応
 ⑤復旧・復興対応
のいずれをとっても、
民間防衛と自然災害には共通した部分が多々ある。という考え方です。

加えて、予算編成という面からみても、たいへん大きな効率化ニーズがあったわけです。

さらに加えると、
次項②も取り組みも組み込まれて、FEMAの体制整備と運営は推進されていくことになりました。

②「災害対応の標準化」の研究~2つ目の流れ~

カリフォルニア州で最初に枠組みが規定されたのが、
山火事対応をもとにしたFIRESCOPEです。

カリフォルニア州にはFIRESCOPE(潜在的緊急時のためのカリフォルニア州消防資源)があります。
火災や緊急事態対応における調整システムのことです。

それから標準化の動きは進化し、これまでの日本の研究では、

問題関心として、
 ・目標の確立が不明確で抽象的であること
 ・対応には多種多様な機関が存在していること
 ・機関間の指揮命令系統、組織構造、言語、戦術が多様であること
 ・一人の管理者に多様で多数の報告者が報告をしていること
 ・災害情報が錯そう・偏り・不足していること
 ・通信連絡に互換性がなく体制も不十分であること
 ・対応機関間での共有メカニズムが存在しないこと
などの問題点を取り上げていました。

そこで、アメリカで開発された
ICS(緊急事態指揮調整システム: Incident Command System)
がどういったものなのか?研究されてきました。
 ・組織の編制方法(指揮調整、事案処理、情報作戦、資源管理、総務財務)
 ・計画作成
 ・用語
などが標準化されてきたことを論じる研究が多いようです。

この構築されたアメリカICSをもとに、
日本の自治体や企業の危機管理に応用しようとか、
日本の災害対応の手順を標準化しようとか、
日本の災害対応は、標準化した手法を取り入れるべきとか、
災害対策本部の編成や運営方法の考え方を提案する研究が日本では積極的に行われてきました。

また、前項①でもふれましたが、
FEMAにおける応急対応、ひいては、
現在のアメリカの緊急事態対応の基本方針でもある
NIMS(アメリカ事態管理システム: National Incident Management System)においても、
ICSの適用が規定されています。

制度の形成過程:新たな流れ~3つ目の存在~

3つ目の存在について明言しておきたいと思います。

これは、筆者が行政学、公共政策学とともに、軍事学・防衛実務や防災・危機管理行政の実務を分野横断的に考察することで見えてきた流れになります。

結論から言いますと
中央地方間関係消防組織構造日本よりも複雑であったため、
オールハザード・アプローチの危機管理体制整備が喫緊の課題となっていた。

という行政体制上の視角になります。

簡単に説明すると、

■アメリカ行政体制は、中央地方間関係が「分権・分離型」です。
 →制度として、中央地方間関係でみると日本に比べ
  中央によるガバナンスが効きにくい行政体制になります。
  (日本は「集権・融合型」)

アメリカの地方の組織体制が多様です。
 そのため、災害規模の拡大に伴い、関係機関の数は指数関数的に増加し、複雑化していくのです。
 実情として、
 ・州
 ・地方自治体等
   カウンティ(郡)
   地方自治体(シティ(市)、タウン(町)、ボロウ、村)
   タウンシップ
   消防所管の特別区
 という、地方政府・地方自治体の構造がアメリカにはあります。
 地方政府・地方自治体の数は、整理の仕方によっても差は出ますが、
 実に日本の約50倍あるのです。
 これが応急対応で、日本(市町村1,718団体、(2020年度))とは決定的に異なる
 1つ目の点
です。

■消防の分野において、連邦政府は州政府に対し権限を持っていません。
 (ただし、大規模災害時を除く)
 (地方自治体は対応できない場合に、州に応援を要請します。)

■消防本部の数は、アメリカと日本ではその算定基準は日本と違いますが、
 消防本部等として公表された数では、
 実に日本の40~45倍ほどあります。
 (日本の消防本部722(2023年4月1日
 とはいいましても、アメリカのその数は概要のみであり、詳細は明らかになっていないほどあるのです…
 つまり、一般的に言えば、
 →山火事など緊急時は、
  行政、地方自治体等の消防本部、警察、
  州兵・軍、
  医療機関、
  インフラ企業、
  NGO、
  ボランティア団体など、
 多くの機関が関与します。
 これは、日本もアメリカも同様です。
 他方で、
 アメリカでは、災害の規模の拡大にともない、
 日本の常識では想像できないくらいに複数の自治体や消防本部等が関与することになるのです。
 その数の膨大さをご理解いただけたでしょうか。

■日本には「市町村消防の原則」があります。原則に基づけば、
  ・市町村が行う単独方式
  ・複数市町村が行う組合方式
  ・他の市町村にお願いをする事務委託方式
 で分けられます。
 そのため、消防本部の数は、市町村数1,718を超えることはない。
 と一般的には考えられています。
 これが応急対策で、アメリカと日本とでは決定的に異なる2つ目の点です。

この「中央地方間関係」「消防組織の構造」という特徴があったため、
アメリカ危機管理体制が現在のような形で整備することが望まれた。
つまり、
 ・基本体制及び編制に関するアメリカ仕様の全体最適化
 ・手順の標準化
 ・関係組織に関する編成の標準化
 ・用語の標準化など
求められた。というものです。

小括

図表2.アメリカの災害・危機管理体制・事態対応の変遷にみる3つの流れ
(出所:筆者)

以上から、1つ目2つ目のほかに、
3つ目の流れがあることを明らかにしました。

アメリカにおいて、自然災害対応、民間防衛対応の両面から、
全体最適化が求められた。
ということになります。

それが、さらに進化・発展し、
9.11同時多発テロをきっかけとして、
DHS(国土安全保障省: Department of Homeland Security)
へと拡大改編されていきます。

DHS以降の改変から現在までの話は、別の機会に譲ることにします。

オールハザード・アプローチとは

アメリカの緊急事態管理体制

図表3.アメリカの危機管理体制(出所:筆者)

アメリカの危機管理体制を図表3に示します。
国家準備として、目標と制度を規定しています。
(ほかにもありますが…)

手法(アプローチ)として6つ
任務分野(枠組み、フレームワーク)として5つ
が規定されています。

ICSは、NIMSの中で規定されています。
対応にあたる組織を編成する上での考え方について、標準化し規定しています。
具体的には、
 ・指揮Gpを上位として、
  実働Gp情報・作戦Gp後方支援Gp総務Gp
  という基本編成を基本とります。(Gp=グループ・班・部課)
 ・実働Gpは、機能ごとに編成します。
  捜索、救助、医療、土木、航空・航空支援、海上・海上支援…といった役割別になるイメージです。
  人間の体のパーツで例えるところの「手足」となって動く部分になります。
  人間とのイメージの違いは、「手足」がいろんな種類をもっているということになるでしょうか。
 ・情報・作戦Gpは、実働Gpがそれぞれ能力を最大限に発揮できるように、
  情報運用、行動計画の策定、関係者間の調整・段取り…を担当するイメージです。
  指揮Gpの頭脳の役割も担っています。
  人間の体のパーツでいうところの「頭脳」になります。
 ・後方支援Gpは、実働Gpがそれぞれ活動力を最大限に発揮できるように、
  通信、医薬品、食糧、燃料、物資・資材・器材・部品…の調達・配布、支援拠点の設置運営…
  といった、とても幅広い対象とその維持管理を担当しています。
  人間の体のパーツで例えるところの「手足/頭脳」が活動できるようにする、
  血液のように酸素・栄養素・ホルモン・神経伝達物質等を届け、老廃物を回収・排泄したり、
  炎症を沈め損傷個所などを修復してくれたり、神経といった「体液・内臓・病態生理」的なイメージです。
 ・総務Gpは、対応にあたる組織全体が活動する上での労務・法務・財務面を担当し、
  会計・契約・補償・勤怠…を担当するイメージです。
  人間でいところの、「時間管理・勤怠管理・睡眠・休養・給養・給与・対人関係」といったところでしょうか。
 ・指揮Gpは、全体指揮ですが、全体の管理・監督です。
  資源配分の最適化、進捗管理、指示、統制、調和、調整、安全管理、広報・渉外…を担当するイメージです。
  人間で例えると、要所要所で判断・決定し自己管理しているような、
  その人そのものを象徴する存在のようなイメージになるでしょうか。
 ・軍事では、指揮Gpの中に情報Gp作戦Gp後方支援の本部Gpを置くことが一般的かもしれません。
  いずれにしても、とても合理的・機能的に編成をとろうとする考え方といえます!
 このように、関係機関をGp化し、報告書・指示書等の定型を定め、活動を形式化しています。

図表4.ESF(緊急時支援機能)(出所:筆者)

ESF(緊急時支援機能: Emergency Support Function)は、
国家対応枠組(NRF)の中で規定されています。
緊急時に、
災害や危機事象の種類によらずに
事態が発生したときの活動枠組みESFで規定しています。
いわゆる、リスクへの対応手順(プロトコル)として、
連邦政府各機関を組織的に動き出せるようあらかじめ規定しておきましょう。
というものです。

次節で述べるハザードのすべてに対して、NIMS(ICSなど)、NRF(ESFほか)など
の体制をもって対応する!
これがオールハザード・アプローチです。

ちなみにですが、
本節「アメリカの緊急事態管理体制」だけをみると、
アメリカでは、
「緊急事態管理庁を作って、組織を一元化した」とか、
「対応にあたる組織をGp化している」とか、
「文書様式、言語、手順を標準化した」とか、
に受け取れてしまいますよね。
「あのアメリカはココにたどりついたんだ」と「だから日本も…」

筆者はその捉え方に一石を投じるものです。

そう単純な発想や経緯や実態ではどうやらなさそうなのです。
その意味で本質に迫りつきたいものですね。
日本にとりまして、現行のアメリカをそのまま採用することにはたいへん危険が伴うように筆者は捉えています。

オールハザード・アプローチが対象とするハザードとは?

・自然災害(ハリケーン,地震,竜巻,干ばつ,山火事,冬の嵐,洪水など),気候変動
・パンデミック(感染症)
・交通システムの故障,ダム決壊,化学物質の流出・放出などの技術的・偶発的な災害,インフラの老朽化
・テロ攻撃(爆発物などの物理的脅威を用いた「単独犯」も含む.)
・サイバー攻撃

と明記してありました。

おわりに・・・

図表5.行政危機管理組織体制における検討背景の日米比較
(出所:筆者)

以上から、本稿では「オールハザード・アプローチ」制度の形成過程における、
3つの流れを解説しました。
まさにこの3つの流れがあったからこそ、
21世紀以降のアメリカの緊急事態管理体制につながっていったものと筆者は分析しています。
つまり、現在目にする、米国国土安全保障省DHSや緊急事態管理庁FEMAのことです。

総じて…

アメリカの危機管理体制の整備をみると、
中央政府、地方政府ともに
 「組織化
という1フレーズで説明できます。
ちなみに、一元化というのは、組織化の一要素を構成しているという定義で使用しています。

日本の危機管理体制の整備をみると、
中央政府地方自治体ともに
 「一元化
を目指そうし、議論しようとする中、
地方自治体においては、
 「補完
 (広域・地域・相互、水平・垂直、対口、…など)
というフレーズで説明できるのがおわかりいただけるのではないでしょうか。

特に日本では、
中央をみると、縦割りを排除し、省庁横断的という言葉で形容されるように、
単一省庁を創設すべき。などと論じられるように、
一元化を指向する議論がこれまでの日本ではありました。
地方で見ると、いかにして資源不足を補うか?
という「補完」に重きを置いて議論・体制整備がこれまでされてきました。

アメリカとは、整備の方向性が極めて異なることが理解いただけるでしょう。

これが、筆者が見出したこれまでの結論です。

つまり、日本の整備方向性と、アメリカのそれとでは、
全く違った取り組み方が行われてきた。ということです。

この違いを適切に理解することで、
日本にとって最適な危機管理体制の整備の方向性を定めていくことができるのではないでしょうか。
筆者は、
 「日本版オールハザード・アプローチ
の絵姿を創造しています。
けっして、事務をお任せするという意味での1つの省庁を作ることを創造しているわけではありません。
ということだけは言及しておきます。
無論、DHSのような組織を作ることも創造していません。
日本には日本のこれまでの歴史・経緯・経過・特性に合った体制整備の現在地があります。
それらが活かされて発展していく!というふうに筆者は考えています。
この話の詳細は別の機会に譲ることにしましょう。

行政に限らず、大企業や小規模の組織など、
学術-実学を吻合してとらえることで、
これまでの蓄積にはない発見や創造が得られるというのが筆者の受け止めです。
ぜひ、読者のみなさんも参考にされてはいかがでしょうか。

今回は、「オールハザード・アプローチ」という
とても重要で活用可能で展望のある概念がある中で、
学術の世界では、冒頭で触れた4名が起源をたどるうえでたいへんわかりやすいと思います。

現状の研究段階として、アメリカ危機管理体制の全体像をとらえた、
ピンとくる、しっくりくるような研究成果がないというのが実態と思われます。
断片的だったこれまでの全体像化にとって、本稿は一定程度貢献できたものと考えています。

とは言え、まだまだ、一面的、あるいは、いくつかの一面的な部分しかとらえられてないのかもしれません。
そういった意味で、筆者もその一面を構成するような、あるいは、
いくつかの一面を全体像化していくのに資する記事になっているのではないでしょうか。
この3つの流れの先にあるオールハザード・アプローチの概念定義。
ぜひ、読者のみなさんはご参考にしてみてください。

オールハザード・アプローチの概念はどの対応スキームの構築にも応用が可能です。
危機対応だけでなく、評価、予防・防災、訓練のほか、
各種教育・社員教育・研修、リスクマネージメント…
既存プロジェクトのみならず、
新規プロジェクトの推進にも必ずや役立つことでしょう。

ぜひ頭の体操や頭の整理、取り組みの羅針盤のひとつとしてご参考ください。
知った「今がスタートライン!」です。

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